2017年10月13日金曜日

ダウトオウル『戦略的縦深』 第一部 第1章 Ⅱ.戦略理論の欠如 組織的、構造的背景


Ⅱ.戦略理論の欠如

 トルコの対外政策の最も重要な弱点の一つは戦略的及び戦術的行動を首尾一貫した枠組の中で組み立てていないことである。つまり、異なる地域での戦術的行動と適合した上位の戦略を立案することにおいても、戦術を段階的に組み立てることにおいても、深刻な弱点が存在するのである。その結果、そうした戦術的行動は、分を超えると戦略的意味を帯びてしまい、国家の前を塞ぎ、可動域を狭める結果を生む。

 内的に首尾一貫した連続性を示すと同時に変化してゆく条件に順応できる戦略理論をトルコの立案には相対立するさまざまな弱点があることには、歴史的、心理的、文化的、そして組織的原因があるのである。

 

  1. 組織的、構造的背景

 戦略理論の欠如には、直接的な制度の構造上の原因が存在する。そうした(戦略立案の)営為の制度的基礎である組織には、外務省、TBMM(トルコ国民大議会)、対外政策に関わるものとしてMGK(国民安全保障会議)、参謀本部、そしてその関連省庁のようなその他の官庁、大学、学術機関、政党、そして官立、半官、独立の研究機関がある。

 対外政策の政治的、行政的責任を負う外務省は、その責任の自然な帰結としての戦略の分析、説明、オルタナティブの検討において中心的地位を占める。しかし、戦略研究、戦略形成において、良い制度を備え、豊富なリソースを有する国家においてさえ、外務省が政治的、行政的性格を有し、オルタナティブの複数の対立する理論的枠組を設定することは、否定的な影響を与えうる。対外政策を司る組織の行政的性格に由来する通常業務は、律動し、広範囲にわたる深い戦略的分析の障害になることがある。

 一方、短期の政治的成果の方が長期的な戦略的な成果よりも影響力があり重要になるのは

外交政策を担う組織の政治的次元のせいである。この状況は他の公職にも当てはまる。他方、対外政策の中核をなす優先事項の社会政治的正当性の基礎となる国家機関、戦略アプローチは、優先事項の方向性を左右するのであり、そのために思想的、合理的過程であるべき戦略理論の研究も官僚的、国家的性格を帯びることになる。それもまた単調と停滞に道を開くのである。

 戦略理論とその理論による分析は、対外政策のオルタナティブが必要である場合に対応できるだけの有益性がある。単調で形式主義の戦略分析は自己限定による不毛なループに陥る。この形式主義的アプローチをイデオロギー的枠組にしてしまうと、不毛なループ、停滞を引き起こす。

 冷戦期のアメリカとソ連の戦略の相異なる成り立ちは、そのイデオロギー的枠組の比較の最良の教材である。硬化したイデオロギー上の但しさに還元する公式な戦略分析に頼るソ連の対外政策の単調さは、異なる起源に由来するために別のシナリオが可能になったアメリカの対外政策の柔軟性に対抗できなかった。ソ連の対外政策の官僚主義的な硬直した行為は、独立研究機関、戦略分析者たちの多くの視角を包摂する様々なアプローチを検討することができ、それに従って組織的行動を取ることができたアメリカの対外政策の、多くの選択肢を有するダイナミックな行為と対照的であった。ソ連は対外政策担当者たちが行動領域を狭めているときに、アメリカの対外政策担当者は新しい行動領域とそれを実行に移す主体を容易に見出すことができていた。

 トルコの対外政策の組織面を見るなら、何よりもまず外務省を筆頭とする国家機関が、戦略研究を遂行する十分な金銭的、制度的下部構造を備えていない。外務省はその組織の貧しい資能力の範囲内で要請に応じようと務める戦略研究センターは、この地域の他の多くの同種の組織と共に、準備期間がなかったトルコは国家として、人材の点でも組織の点でも多くの限界を抱えている。意思決定過程で戦略分析が必要であると考える外務省を筆頭とする国家組織が、そ戦略分析の必要を適える手段を備えており、官僚主義的に陥らないようにそれらの間で調整がなされることが、戦略理論分析の欠如を克服するために制度的に不可欠な条件である。

 ことなる政治的優先順位を有する諸政党がさまざまな優先事項を工夫し、実行可能な対外政策のオルタナティブを発展させ、そしてそれをTBMMのプラットホームに載せるのもトルコのオルタナティブ戦略研究を積極的に多様化するための重要なリソースとなる。このためにも政党自体が決まりきった日常業務の政治を超えて、長期にわたる行動の基礎となるためには、政治と外交のある意味での学校を持つ必要がある、

 政党がその内部に長期的なパースペクティブで国政の議題を準備することができるスタッフを抱えていれば、政権が交代しても、言論と政策アプローチの伝達において政治的意思を官僚組織に容易につなぐことができる。全く準備期間を経ていない野党のスタッフが政治権力を使える立場にアクセスすることは、政治意志を官僚機構のスタッフにつなぐコミュニケーションを破壊し、きわめてデリケートな言葉と慎重な動きを要する対外政策の実行に否定的な影響を与えることがある。相異なる対外政策を有するいろいろな政党を正しく知らしめる戦略アプローチを理論化し、議会に届けることは、対外政策の国論をより理性的に正しく方向付けることができる。一部の国でみられる「影の内閣」の制度は、継続性のある戦略と政策の研究に実効性を与えることができる。

 大学と独立研究機関の政策形成への参加は、この問題における長い伝統が存在することと、この参加を継続的なものとすることを保証する下部構造と、財政支援の保証を必要とする。こうした組織の知的生産と分析力の増加は、グローバル規模の戦略を展開する国の対外政策を支える最重要要素の一つとみなされる。国際関係が急激に変化する時代において国家戦略に新地平を開くグローバルな規模と内容を有する理論枠組の構築とその枠組を補完する地位的専門領域が成立すれば、ダイナミックな諸条件に素早く適合し、突発的自体にも適切に対応する対

外政策への反映が実現する。そうして作られた対外政策の優先事項の社会政治的な正当性の基礎形成にこうした組織が貢献していることも見逃されてはならない。大学は単なる教育機関の一つではなく、同時に研究機関とも見做されており、独立の研究センターが持続的な財政支援を見出しうる環境に参加することが、対外政策の社会的組織化の下部構造を構成する。

 トルコでは、経済のボトルネックによるにせよ、人口増加圧力が教育を必要とするためにせよ、大学は研究機関としての性格から遠ざかり、次第に国民教育と就職に役立つ高等教育機関に変わってしまったことが、大学が戦略理論とその分析を継続的に遂行することを妨げている。大学の構造の中で様々な分野で専門化のために設立された諸機関が十分な資金と機関に必要な物理的下部構造を有していないことが、そのユニットの組織化を遅らせ、この領域の空洞化の進行に道を開いている。この格好の例が、EUへのフルメンバーシップを申請した1987年以来現在に至るまで、数多くのECの機関が設立されたにもかかわらず、EUの多くの分野での専門家の不足を託っていることである。

 トルコで見られる戦略理論の欠如はまた、政治学者と政治実務家の間の制度的断絶の徴とも見做される。大学と学術環境はこの種の理論的営為が不足しているだけでなく、政治実務者である官僚や外交官との橋渡しをする有効なチャンネルともなっていない。こうした理由で、マハンとスパイクマン[1]によるアメリカのグローバル戦略、ハウスホファー[2]のドイツ、マッキンダー[3]の英露の戦略に関する影響の研究に類似した対外戦略の理論‐実践関係についてのアプローチは、トルコにはまだ存在しない。最新のフクヤマ[4]とハンチントン[5]の「新世界秩序」の思想や、その理論を、アメリカの政治実務家がグローバルな紛争に対して戦略的に使用することが正当であることを支持していること、及びキッシンジャー[6]やブレジンスキー[7]のような理論‐実践について独自の経験を有した戦略理論家がプロジェクトを立案していることが、この関係がどれほど重要であるかを示している。



[1] N.J. Spykman, The Geography of the Peace, New York: Harcourt Brace, 1944.
[2] Karl Haushofer, Bausteine zur Geopolitik, Berlin, 1928, Weltmeere und Weltmëchate, Berlin, Zeitgeschichite Vertag, 1941, Geopolitik des Pazifischen Ozeans, Heidelberg, Kurt Vowinckel Vertag, 1938.
[3] H.J. Mackiner, “The Geograhical Pivot of History”, Geographical Journal, 1904/23, pp.421-442.
[4] F. Fukuyama, “The End of History?”, The National Interest, 1989/16(Summer)pp.3-18,  The End of History and the Last Man, New York, The Free press, 1992.
[5] S. Huntington, “The Clash of Civilizations”, Foreign Affairs, 1993/72(Summer), 22-49, The Clash of Civilizations and the Remaking of World Order, New York , Simon & Schuster, 1996. Ahmet Davutoğlu, “The Clash of Interests; An Explanation of the World (Dis)Order”, Perceptions, Journal of International Affairs, Dec, 1997-Feb. 1998, 11/4, pp.92-121.
[6] Kissinger, Diplomacy(The New World Order Reconsidered), New York, Simon & Schuster, 1994.
[7] Zbigniew Brzezinski, The Grand Chessboard: American Primacy and Its Geo-strategic Imperatives, New York, Basic Books, 1997.

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