2010年6月19日土曜日

未完成稿『<私>の神学』

『<私>の神学』


 他の時代の他の場所ではない。21世紀前半の日本において最も緊急かつ、切実に求められている課題は、「<私>の神学」の確立ではなかろうか。
 本書で展開される思索は、時代と場所を越えた真理を目指す哲学的営為ではない。あくまでも、この時代を生きなければならない日本人としての<私>が必要とする限りにおいての「神学」の礎石を置くというささやかな試み、それが本書の目指す全てである。
 なぜ<私>の神学なのか。
政治や、経済の大きな物語が色褪せ、「自分探し」といった標語が持てはやされるこの国において、今、<私>の実存以上に重要な主題が存在するであろうか。そして年間3万人が自ら「この世界」に見切りをつけ自殺を選ぶ状況において、「この世界」の外への視線を有する神学の他に、<私>の実存的問いに応えることができる学問は存在しないように思われる。
 日本語の「神学」はヨーロッパ語のtheologia、theologyの訳語であり、キリスト教に由来する(「テオロギアー」の語が最初に用いられたのはプラトンの『国家』であると言われるが)。『キリスト教神学用語辞典』(日本キリスト教団出版局,2002年)を紐解くと、「神学」は「神に関する言辞あるいは議論。神の啓示を理解するための学術的で系統的な努力でもある。」と定義されている。現代日本語の「神」の語は、キリスト教文化の影響を受けて、超越神、造物主のニュアンスをも持つようになっているが、本来「本居宣長が「鳥獣草木、海山などの類、何にまれ尋常ならずすぐれたる徳のありて可畏(かしこ)き物を迦微(かみ)とは言うなり」(『古事記伝』)と述べたように日本の「神」とは、並外れたものであれば、森羅万象の全てがなりうるものであり、現在においてもそれは変わらない。「将棋の神様」、「株の神様」などという表現も、日本の文化においてはわざわざ指摘するまでもないほどにあまりにも日常的に当たり前に使われている。本書においても、さしあたり、「神」の語も、現代日本語の用法に従ってきわめて広い意味で用いよう。
 「神学」には、「神に関する言辞」であるだけではなく、「神の啓示を理解するための学術的で系統的な努力」の意味があった。神についてセム系一神教の伝統では、理性のみによる神の考察が哲学の仕事であったのに対し、神の啓示になる聖典にも依拠しつつ神を求める知的営為が神学であった。
本書においては、特定の宗教の聖典が無謬の神の啓示として依拠されることはない。むしろ、誰の言葉であれ、真理は全て神からの啓示であるとの立場から、諸宗教の聖典、神学者や先賢たちの言葉を適宜引用、参照しつつ、手探りで思索を進めていくことにしたい。

2.<私>の出自
 今日の我々の<私>の概念の誕生の前史はおそらく、ヨーロッパにおける17世紀の科学革命の時代であろう。この時代に、物質界における「分割不可能atom」な「原子(atom)」と呼応するかのように、「分割不可能(individual)」な「個人(individual)」の概念が登場する。中世の世界観においては、人間は社会の中に産み落とされる存在であった。「存在論的に社会に先在する個人」との表象は、ばらばらに独立して存在していた「個人」が寄り集まって協定を結ぶことによって社会を形成するのだ、との所謂「社会契約論」がホッブス(1679年没)、ロック(1704年没)によって唱えられることによって生まれた。こうして生まれた「個人」の極限まで先鋭化した自意識が世界の明証性の始原としてのデカルト(1650年没)の「思惟する主体」cogito(je panse, 我/思う)である。
文法上、動詞が主語を伴い、人称により語形変化し、主体の思想に親和性を有するヨーロッパ語と違い、日本語の動詞は主語を必要とせず、独立の個人を示す人称代名詞も存在しない。日本語の人称の多くは一般名詞の転用であり、社会関係の文脈に応じて変化し、一人称と二人称、ニ人称と三人称の置換さえ平然と行われる。関西生まれの著者には、「自分」が一人称と二人称のどちらで使われても違和感はないが、「彼」を二人称で使う用法には慣れておらず、大学に入学して上京し、「彼」と呼びかけられた時には、大いに戸惑ったのを今も覚えている。「I love you.」の教科書的翻訳「私はあなたを愛しています。」などという言葉が実際に発されることはまずない。日本語では、主語も目的語もなく「愛してる。」で事足りる。
そもそも「独立の主体としての<私>」といった概念を表現することが著しく困難な日本語に護られてきた日本人も、欧米列強によって暴力的に開国を強いられ、被植民地化を避けるために欧米列強を模倣し国民国家を創出し富国強兵殖産興業政策を推し進める中で、その担い手として、一方で、国家と国体としてそれを体現する天皇に滅私奉仕する臣民たることを求められると同時に、他方で西欧「仕様」の科学と国家制度を操り使いこなすために「主体」としての「近代的自我」を確立しなくてはならないとの強迫観念に取り憑かれ、その二つのベクトルの間で引き裂かれ苦悩することになる。しかしこの苦悩も第二次世界大戦の敗北で終わる。アメリカの占領下で、天皇制は否定され、代わって「民主主義」、「人権」教育が導入され、「個人」の聖化が進行する。
この<私>の心象は、17世紀にヨーロッパで生まれた「個人」に由来し、それが日本的変容を遂げながら形成されたものである、と大掴みしておくことが、<私>を相対化し、その呪縛から解放されるための第一歩となる。

3.認識論のトリレンマ
 確かな認識を求めるにあたって我々はどこから出発すればよいのか。人間の生物学的条件が根本的に変化せず、科学技術の進歩が予測可能な範囲内にある近未来においては、我々は認識論における(1)物質、(2)意識、(3)言語、の3つのアプリオリの根源性のトリレンマを逃れることができないように思われる。
 学校教育の洗脳により小児期から「科学的真理」の概念を刷り込まれた我々には、物質の世界の実在を疑うことは難しい。自分の肉体とその五感に捉えられるもののもつ生々しいリアリティーを否定し難く思われる。にも関らず、デカルトの方法的懐疑の洗礼を受けた我々は、感覚の世界の実在を素朴に信ずることはもはやできない。外界はもとより、自分の肉体ですら、意識の中にのみ存在するのではないか。夢の中の存在が架空の虚像に過ぎないとすれば、覚醒時の意識の中の存在がそうではない保証は何処にあるのか。
 物質の世界を真の実在と考える立場、意識が全てと考える立場の対立は、古来より大括りに言って唯物論と唯心論の対立として、洋の東西を問わず、多くのヴァリエーションが知られている。現代の我々の認識論が唯物論と唯心論の対立を超えてトリレンマ状況に陥るのは、「そもそも『物質こそ実在』、『意識こそ全て』と主張するとき、その『物質』も『意識』も言葉であり、我々の認識は全て言葉に依存しており、言葉なくしては『物質』も『意識』も存在しない」との、言語を我々の認識が遡りうる究極のアプリオリと考える立場、20世紀後半の人文科学を特徴付ける所謂「言語論的転回」によってである。
 唯物論者にとって、心や意識などというものは物質の脳内現象に過ぎない。唯物論者が心の中に意識している「太陽」は、金槌で頭を殴られただけで消滅してしまう。「実在」の「太陽」は、唯物論者の意識などとは全く無関係に独立に「外界」に存在している。唯心論者から言わせれば、そうした議論は転倒しているのであり、唯物論者が「外界」に「実在」していると思っている「太陽」も「金槌」も「唯心論者」も、確かなのは、それらがその唯物論者の心の中に存在していることだけであり、夢でも錯覚でも幻想でもなく、「外界」に本当にそれが実在しているか否かは、意識の状態の差異としてしか知りえないのである。唯心論者は、意識の中にある「太陽」や「金槌」は、外界にそれが存在するかどうかは知りえないにしても、意識の中にあるそれらの概念、表象は同一性を有する「実在」だと考える。ところが「言語論的転回」によると、そもそも「太陽」、「金槌」を有らしめているものは言語に他ならないことになる。我々が「太陽」として認識しているモノは、微視的に見れば、水素やヘリウムなど、「金槌」は鉄などの原子の集まりである。そうした原子の集まりが一個の個体として認識されるのは人間の言語の働きに他ならない。そうした「原子」も、更に分解するなら真空の中で「原子核」の周囲を「電子」が回転しているのであり、「原子」という個体が存在するわけではない。一般に自然に存在していると考えられるモノですら言語の名指しによって始めてそのものとして存在することができるなら、「経済」、「国家」などの社会的概念、「感情」、「理念」のような人間の心の作用は尚更そうであろう。

4.認識論の出自
 この認識論のトリレンマのほどくことのできないゴルディアスの結び目を、一刀両断するアレキサンダーの剣が、初期ヴィトゲンシュタイン(1951)の『論理哲学論考』の命題5・62の後段である。
 「世界が私の世界であることは言語(私が理解するまさにその言語が)の限界が私の世界の限界である事実の中に自らを示す」
 認識における(1)物質、(2)意識、(3)言語の根源性のトリレンマは、この3者が別個であると考えることから生ずる。そうであるなら、この3者が同じものであればトリレンマは解消されることになる。世界が物質であり、「私の世界」とは私が意識化しうる世界に他ならないとすれば、「世界が私の世界であることは言語の限界が私の世界の限界である」とは、物質と意識と言語が一つであることを意味している。
しかし、物質と意識と言語が一つであれば、なるほど認識論のトリレンマのアポリアは避けられるかもしれないが、物質は意識でも言語でもない、との「事実」に反し、端的に偽であるように思える。我々の意識の及ばない宇宙の彼方の未知の天体、まだ命名されていない深海の未知の生物も、物質として存在していることは自明に思われる。
 確かに、我々の意識、言語は物質とは一致しない。しかし意識、言語、物質の一致が可能となるものがある。それが「神」である。実はセム的一神教の伝統においては、物質世界とは神の自己意識、その御言葉の具象であり、神から言葉・理性を与えられた人間による世界認識の真理性は、神における物質、意識、言語の一体性によって担保されていたのである。ところが、認識論から神を追放し、人間による神の視座の密かな簒奪を試みたのが、西欧近代科学であり、絶対時間と絶対空間の中で初期条件さえ与えられれば力学法則によって宇宙の歴史の全てが記述されると考えるニュートン力学はまさにその究極の表現であった。
 ところが20世紀になると、アインシュタインの相対性理論により、ニュートン力学においても前提されていたアリストテレス自然学・スコラ哲学以来の絶対空間・絶対時間が否定され、次いでハイゼンベルク(1976)の量子力学における不確定性原理が観察問題を顕在化させ、人間の「客観的」認識の不可能性が明らかになるに至った。
 「<私>の神学」は、近代科学の認識論が自覚化を怠ってきた神学的出自に遡ることにより、<私>の存在を脅かす現代の認識論のアポリアの突破口を探る試みとなる。

5.神の存在
 モーゼに名前を尋ねられた神は「 אהיה אשר אהיה(ehyeh esher ehyeh)」と答えた。(出エジプト記3章14節)ehyehとは「有る」を意味する語根hyhの未完了形に一人称単数接頭辞eがついた形、esherは「・・・ところの」を意味する関係代名詞であり、「ehyeh esher ehyeh」とは文字通りには、「『私は有る』というものであるところの私は有る」との意味である。イスラエルの民の神は、一人称、「私は有る」との言葉によって、神とはまさに存在そのものであり、存在することこそ神を特徴付ける本質であることを啓示した。そして預言者モーゼは、この「(それは)有る(יהיהehyeh)」(語根hyhの未完了形に三人称単数接頭辞eがついた形)という名の神が唯一者(יהיה אחד:yehyeh ehad)であることユダヤ教の根本教理に据えたのである(申命記6章4節)。
 またギリシャでは、存在の理性による認識の主題化は、パルメニデス(前450 頃)により、永遠不変の一者としての存在論の端緒が開かれる。パルメニデスに「真理の女神(アレテーア)」は自らが「『ある』、そして『あらぬ』ことはありえない」と啓示した。生成、消滅、運動、変化は「ある」ものが「あらぬ」ものとなる、あるいは「あらぬ」ものが「ある」ものになる事態であり、「ありえない」。そして「ある」ものは、「あらぬ」ことが決してない特質、つまり「ある」という単一の特質のみからなっているのであり、完全に均質で一様な一者であることになるのである。この永遠不変の一者としての「存在」は、クセノパネス(前470?)の考えた「不動の唯一神」と容易に融合する。「実在への問いかけと神へのまなざしが一つに重なり合って、ギリシャ哲学史を織り上げてきた」(内山勝利『ここにも神々はいます』岩波書店2008年41頁)のである。この唯一の真実在としての神の観念はプラトン(前347/8)を経て、アリストテレス(前322)、ネオ・プラトニズムによって継承される。アリストテレスは「存在としての存在(on hi on)を主題的に考察し、この世界に全ての生成消滅する可能存在者の可能性の根拠としての純粋現実態としての最高存在、不動の動者としての一者、即ち「神」を措定するに至った。一方、ネオプラトニズムは、完全な純粋存在である一者から、段階的流出の過程を経て、低次元の多様な物質世界が生み出されるとの流出論的世界観を発展させた。
 ネオプラトニズムと融合したアリストテレス哲学はアル=ファーラービー(950)を介してイスラーム世界に流入し、その存在論は、イブン・アラビー(1240)とその追随者たちによって、世界の全ての多様な存在者(mawjdt)を絶対存在(wujd mulaq)である神(Allh)の絶対的一性(aayah)の自己顕現と考える所謂「存在一性論」(wadah wujdとして展開することになった。他方キリスト教世界では、アウグスティヌス(430)によってネオプラトニズムとキリスト教思想が統合された、トマス・アクィナス(1274)は、善を存在(esse)の現実態とみなし、諸存在(entia)に存在を与える第一存在である神を、存在の完全な現実態、即ち善それ自体とする存在論を樹立した。トマスは以下のように述べている。
 「実際、第一善、すなわち神は本質的に善性そのものであるから存在することにおいて善である・・・・中略・・・
第一善そのものは、その存在が自らの実体であるから存在そのものであるし、また善性の本質そのものであるから善そのものであり。また第一善において存在と存在するものが相違していないがゆえに、善き存在そのものでもあるのである。」上智大学中世思想研究所『中世思想原典集成14 トマス・アクィナス』平凡社、2002年、239-244頁)
 このようにセム系一神教の伝統においては、「存在」とは神の別名であり、ヘレニズムとヘブライズムの融合になるその「神学」は、神こそが、最も現実的な存在者であることを論証してきたのである。

6.可能存在
 現代の我々のエピステーメーにおいては、見られるもの、触られるもの、五感で捉えられるモノだけが確かな実在であり、そうしたモノに対応しない表象、概念などは、単なる空想、妄想、虚偽意識として実在性を否定される。実は、それは意識のみを実在と考える立場ですら同じで、この立場にとって、実在するのは、感覚に直接与えられた表象、概念、つまり表象、概念の知覚であって、表象、概念自体が外界に独立に実在すると考えられているわけではない。現代の認識論、存在論とセム系一神教の伝統神学のそれの間には決定的な断絶があるように思われる。
 この断絶は、セム系一神教世界と多神教の世界の間のそれであるよりも、むしろすぐれて現代と前近代の間の断絶である。日本でも中世においては、仏教思想は「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず・・・」(『方丈記』、1212年成立)、「祇園精舎の鐘の声諸行無常の響きあり・・・」(『平家物語』、12世紀末から13世紀世初頭頃にかけて成立)といった文学作品の名文句に結晶し人口に膾炙し、人々の心に根を下しており、この世のあらゆる存在は実体を欠き泡沫の夢の如く儚いものであると認識されていた。中世の日本においても我々の感覚の捉えるこの世のモノは全て移ろい滅するが故に実在性を欠き、むしろ真実在は現象界を超えたところに有る永遠不滅の仏の法身たる大日如来、阿弥陀仏(無量光仏)などと考えられていたのである。
「前近代」の世界では、感覚によって捉える世界のモノが、真の実在とは考えられていなかったことは、洋の東西を問わず変わらなかったが、そうしたモノの理解のあり方は東西で異なっている。セム系一神教の神学の体系においては、現象界のモノには、「可能存在」の名が与えられる。
アリストテレスの論理学は「必然」「可能」「不可能」の様相を区別した。Einaiが存在を意味する「A estin(Aはある)」と同時に繋辞を兼ねる(「A estin B(AはBである)」)ギリシャ語(インド・ヨーロッパ語族)の特性を反映し、ギリシャ古典論理学は存在論と不可分であり、可能な事象を織り成すそれぞれのモノは「可能存在」として表象される。アリストテレスの論理学を継承したセム系一神教神学も同様である。
 3つの角がそれぞれ30度、60度、90度の三角定規は、存在することが可能であるため、「可能存在」と呼ばれる。その素材が合成樹脂でも木材でも、また色が半透明でも、白でも、赤でも、青でも構わない。それらの三角定規は、全て存在することが可能な「可能存在」である。我々の世界では、三角定規は通常3つの角が30度、60度、90度か45度、45度、90度の2種が普及しているが、10度、70度、100度の三角定規が作られることは可能であり、それもまた可能存在である。しかし四角い三角定規は定義上存在することが不可能であるため、それは「不可能存在」と呼ばれる。文房具屋で現に売られている三角定規は、その存在の可能性が実現しており、それゆえ「現実態」にある、と呼ばれる。有史以来人跡未踏の深山の頂には合成樹脂で作られた半透明の直角二等辺三角形の三角定規が存在することはありそうもないが、そこにおいてもその三角定規が存在することは可能であり、それゆえそれは「潜勢態」にある、と言われる。
 つまり「今・ここ」に存在する「この世界」とは、無数に存在する可能存在のうちのいくつかが現実態を取って存在し、その他の全てが潜勢態にある状態にある状態ということになる。

7. 存在と不在の相互融入
 既述の通り、前近代の世界において、我々の感覚の捉える現象界にあるモノはすべて、生成消滅し無常であり、仮初の存在に過ぎず、むしろ「無」の刻印を色濃く押されたものとして表象されていた。ところが、この世界にあるモノを「可能存在」として位置づける神学は、感覚の捉える「今・ここ」にあるこの世界を、可能存在の現実態とすることにより、「今・ここ」に存在しない不在のモノにも、「可能存在」の潜勢態として、存在を付与することになる。四角い三角定規は不可能存在であり、いかなる世界にも決して存在しない。一方、一辺1メートルの正三角形のダイヤモンドの三角定規はこの世界には存在しないとしても、存在することが不可能なわけではない。現代の人類には困難であっても、一辺1メートルの正三角形のダイヤモンドの三角定規がいつの日か作られること想像することはさして困難ではない。潜勢態にある可能存在とは、現実態となって存在の世界に何者かによって呼び出されるのを待っている存在なのである。
 四角い三角定規が「不可能存在」、完全な「無」であるのに対して、一辺1メートルの正三角形のダイヤモンドの三角定規は、その不在において「可能存在」の潜勢態として「有る」。神学の世界観は、「今・ここ」にある感覚の捉える現象界であるこの世界に「無いモノ」の中に、「不可能存在」、即ち端的に存在しない完全な「無」と、現実態と潜勢態にある「可能存在」として「有る」モノを区別する。
 生成消滅する現象界に有るモノのこの世における束の間の現存、即ち「可能存在」の現実態が、宇宙の誕生以来の悠久の不在を経て、一瞬の「有」のきらめきの後に滅する仮初の「存在」であるならば、そのモノの常態である「不在」もまた「可能存在」の潜勢態として「有る」。神学の「可能存在」においては、存在と不在が相互に融入する。決して交わることのない「不可能存在」の絶対的な「無」と可能存在の「有」との間には架橋できない対立があるが、「可能存在」の「存在」と「不在」は相互に置換可能な相対的な位相の差に過ぎないのである。

0 件のコメント:

コメントを投稿